創価学会を考える

創価学会員の、リアル学会員とネット学会員への考察や、創価学会の問題点


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ちよなる人物像

さて、soukanomondai(どら猫)という人が書いていたブログ「創価学会の問題」は、削除されています。

今は、どこかのサーバーに残ったキャッシュを探し出すか、あるいは、どなたかが魚拓をとった画面を

探し出すしか、その確認方法はありません。

 

私は、ここまで、菊川氏の、この「創価学会の問題」ブログへとった、問題行動を指摘してきましたが、

全てを指摘できたわけではありません。

しかし、ここで、一旦、菊川氏の行動を少し、隣へおいて、「ちよ」と言われる方の人物像に少し

迫ってみたい。

その手法ですが、菊川氏の手段を真似させていただくことにします。

改めて、ここで、確認しておきますが、菊川氏的手法とは、

「事実を書いているだけです。」と言いながら、「事実と推測を交えて書き込むこと」

と、私は定義しております。この定義づけの意味は、前記事にありますので、不思議に思われる方は、

そちらを参照してください。

 

非常にこの手法は、有効です。もし、今の警察がこの手法を用いた場合は、

証拠が無くても、「こいつは怪しい、怪しいから犯人だ」

という理屈を成立させてしまい、おそらく日本中が、誤認逮捕の雨あられとなります。

また、根拠が薄弱でも、自身が決めた方向に、論を導きやすいので、

菊川氏にとっては、非常に有効な手段なのでしょう。

 

しかし、この手段を用いる人物であり、その結果、なりすまし(ナリスマシ)と判定された人物が、

実は、真の学会員だということがわかって、結果的に、この考察方法は、有効ではなく、

その手法を用いる人物は、信用を著しく毀損する、ということを身をもって、証明したのは、菊川氏

ご本人なのですが、おそらく、その点には気づいておられない、あるいは、気づいていても

修正ができない(謝罪できない)、ということのようで、更に状況は深刻になってきています。

 

では、信用を毀損する手法だと知りながら、何故私が、菊川氏的手法を用いるのか、

それは、この手法がいかに危険であるか?を、菊川氏が、少しでも感じていただけるのではないか?

という、砂漠の砂粒ひとつを見つける可能性にかけてみたい。

ということです。

そして、「ちよ」さんに対しての考察に対して、菊川氏的手法を用いる理由は、以下の理由です。

1、菊川氏と「ちよ」さんは、結託して「創価学会の問題」というブログだけでなく、

ブログ主のsoukanomondai(どら猫)さんを、全くもって、恥ずかしい思慮の無さを発揮して

人格攻撃したお仲間であるから。

 

上記の理由により、私も、菊川氏の手法に基づき、「ちよ」という方を追ってみたい。そう思っています。

ただし、私の個人的性格がゆえんで、出来る限り、事実に基づき考察したいと思っています。

その点では、少し、菊川氏的手法の派生バージョンとなるかもしれません。

 

さて、「ちよ」さん。

この方は、にほんブログ村、創価学会カテゴリにおいて、「真実を語る」というブログを運営されています。

このタイトルと、トップページに関する「いじめ」に関する意見は、ブーメランとなって、ご自身に

かえってくるのですが、まだ、気づいておられません。

 

このブログは、カテゴリ内での上位を常に維持されています。

中身は、御書や、先生の折々の指導を抜書きされて、村内の会員を激励する内容となっています。

そして、そこに、数人のメンバーが、同盟題目を開始する旨の連絡をしあったり、

幼い質問に対して、村長ともいうべき「ちよ」さんが回答し、激励する。といった。

創価学会の中の、組織範囲を超えて、連帯の場となっています。

幼い質問、と、あえて書きましたのは、寄り合い所帯のようになっているからです。

 

以前にどこかで、こんな笑い話を聞いたことがあります。

病院の待合室で、いつも集まる数人の男女がいる。共通しているのは、どなたも高齢である、

ということ。ある日、一人の人が、「あれ?○○さんが、今日は来てないね?どうしたんやろう?」

と、たずねると、他の人が、「あー、○○さんね。具合悪いと言ってたから、風邪でもひいて、寝てるんやないの?」

と、答えるという話です。聞いたことある人も多いかと思うのですが、

その病院の待合室になっているようなブログなのです。

雰囲気は、お分かりいただけるでしょうか????

 

先生の「一人立つ」という言葉を、もう一度、ゆっくりと、真剣に、価値的に、

考察して欲しい、そう私は、感じました。

先生が求めておられるのは、病院の待合室ではありません。

時には、体調を崩し、病院に通うこともあるでしょう。

しかし、本来は、病院から出て、自信=池田大作なら、どうするか?

という理念のもと、日々の生活を戦っていく、それが、先生の指導です。

難しいことは、必要ありません。

簡単なことです。

 

さて、話を戻したいのですが、思いのほか、長くなってしまいました。

「ちよ」さんは、この待合室のリーダーです。

とだけ、この記事では締めくくり、次の記事にしたいと思います。